不登校, 家族, 学び, 日常の出来事

どんな自分でもいいんだよ。

子どもたちが不登校になって『頑張れ』とか『頑張って』とか

つまり『頑張る』を封印した時期がある。

一番最初に心屋仁之助さんの
『頑張っても報われない本当の理由』という本を読んで、

今まで信じてきたものが崩れ落ち

子どもたちにかける言葉もわからなくなった時期があった。

頑張らなくてもいいんだ、、、

今まで考えたこともなかった。

辛くても苦しくても頑張った先に輝く何かが待ってるんだと思ってた。

でもよく考えると、私にも頑張ったけど報われなかった経験が少しずつ蘇ってくる。

『頑張ったら報われる』を信じてたから、
『頑張っても報われなかった』経験は証拠とはならず、
『頑張りが足りなかっただけ』
『ダメな自分』
の証拠になってしまったんだ。

今は、頑張らなくても世の中何の問題もなくまわっていることを知った。

それでも今日も生きている。

それでも今日を生きている。

そんな自分でも
こんな自分でも

どんな自分にもOKを出さないことには『感謝』は生まれない。
そんな気がしている。

人のこと悪く思ってもいいよ。
人のこと疎ましく思ってもいいよ。
自分を卑下してもいいよ。
頑張らなくてもいいよ。
頑張れなくてもいいよ。

現実逃避してもいいよ。
それも現実だから。

この世に生を受けたこと、
それこそが歓びなのだから

どう生きるかは、自分が決めればいいこと。

生まれ落ちた今世で、
何をして生きよう。
どんなことしよう。
ただ自分の気持ちのままに。

苦しいことを乗り越えることを選んでもいいし、選ばなくてもいい。

頑張るも頑張らないも、自分が決めればいいこと。

簡単そうで、それがなかなかできない難しい世界だとわかってるけど、

『自分ばかりが不自由だ』
そうやって自分を縛り付けて難しくしてるのも自分なんだと気づいたら

この世界はとっても優しくて暖かいこともいっぱい溢れてるんだと、少しずつ信じることができる。