子ども4人不登校からの学び

子宮ひめごとセッションでへその緒を切る③

先日、夫の心の学びの友でもあり信頼しているカウンセラーさんの「はるちゃん」こと島崎晴美さんのセッションを受けた。

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前々回の記事↓

子宮ひめごとセッションでへその緒を切る①

前回の記事↓

子宮ひめごとセッションでへその緒を切る②

今回はセッションの記録ではなくセッション後の心の変化と、子どもたちへの自己開示によってリアルにリセットされたビリーフの話である。

セッションを受けるとかなり消耗することもあり、帰りの電車では爆睡だった。

あっという間に甲府駅に着くと夫が迎えにきてくれていた。

家までの車中は夫の「どうだった??」に、まだ自分でも消化しきれていないセッションの内容をかいつまんで話す。

こんなときいつも思う。

夫が講座とかカウンセリングの練習とかで出かけてきたあと私が「どうだった?」と聞いてもろくに話してくれないのに、私にはどうだったどうだったと欲しがるんだなぁと、、、笑

それはさておき、

セッションを受けてスッキリした感はあれど、実生活に戻ったところでいろんなことがうまく回り出すわけではない。

むしろそこからがまた新たなスタートであり、セッションを受けた自分がどんなふうに立ち居振る舞うのか、これまでと同じ選択ではなく心の在り方と行動にどう繋げるかだ。

出発前夫に苛立っていた私が、ドラマの場面が切り替わったようにその感情がさっぱりなくなるわけではない。

私の中のギクシャク感は否めないが、それが完全に自分のものであることはとてもクリアになった気がしていた。

翌日、私は相変わらず主婦をしていた。

しながらも何をどう変えていけばいいのか考えていた。

私がいろいろしなくてもいいんだということはわかっている。

洗濯も掃除も片付けもご飯も、何もしなくてもどうにかなる。

でもモヤモヤとするものをどうにかしたいという思いがあった。

私は思い切って食卓に家族を集めた。

4人の子どもたちに向かって「お母さんちょっとモヤモヤしてて、、、」と話しはじめる。

実はこれまでにも何度かみんなに集まってもらい話したことはある。

子どもたちの中には「またか、、、」と内心思った子もいたかもしれない。

私は前置きとして、みんなが学校に行かなくなっていろいろと考え方が変わったこと。

みんなにとって家が安心で安全な場所でありたいと思ってこれまでやってきたこと。

今みんなが安心して過ごせてるといいなと思ってるし、何か好きなことやワクワクすることが見つかればいいなと思ってること。

そして、今学園の活動はしてるけどもう少し、、、「このために生まれてきた」みたいなものが見つかったらいいなと思ってることを話した。

子どもたちは黙って聞いていた。

私は自分が掃除でも洗濯でもご飯作りでも、ちゃっちゃとこなせるお母さんならいいんだけど残念ながらそうではないことを伝えた。

以前に比べ、かなりみんなにも声をかけて手を貸してもらうようにはなったけど、それがあまりにも頻繁だったりすると頼みづらいし、自分がダメな気がする。

「結局何が言いたいの?」

長女のことばを受けて私は自分の中で確認してからそれをことばにした。

「結局何が言いたいかっていうと、、、、、家事がしんどい!、、、ということです!、、、」

だから手伝ってっていうこと??

みたいな雰囲気にまた私が話し出す。

「なんかね、お母さんが率先して声をかけてみんなが動くんじゃなくて、なんていうか、、、チーム感が欲しいんだよね。

ひとりひとりが「これやっておいたら家族が助かるだろうな」みたいな気持ちでいろんなことを気にかけてほしい。

食べたり、着たものを洗濯したり、お風呂に入ったり、、、っていうことは毎日のことで暮らしの基本なんだからさ。

お母さんもさ、何か好きなことしたりしたいんだけど家事ばっかりしてるとそれだけになっちゃって、他に時間とか気持ちの余裕がなくなっちゃうんだ、、、。」

自分でも途中から何が言いたいのかよくわからなくなっていた。

「お母さんは決して家事することは嫌じゃないの。
お母さんがするのが当たり前って感じが嫌なの。
お母さんがいろいろしてるってことをわかっててほしいの、、、。」

「感謝してほしいってこと??」長女の鋭いツッコミ。

「う、、、そ、、そうだね、、感謝してほしい、、のかな、、、。」

「じゃあ、いちいち報告したらいいじゃん。そしたらみんな「ありがとう」っていうんじゃない?」

「でもいちいち報告してたらウザくならない?(´・ω・`;)」
なんか違う、、私はどうなればいいんだろう、、、。

私のことをいちいち気にかけててほしいなんて、インナーチャイルド丸出しじゃないか。

「お母さんね、いいお母さんでいたいんだ、、、。」

もう支離滅裂でよくわからなくなっていた。

「お母さんときどき講座に行ったりお友だちとランチに行ったり学園で集まりをしたりしてるけどけど、みんながほんとはどう思ってるか知りたいんだ、、、。

前にも話したことがあるかもしれないけどお母さんは、ばあば(私の母で、子どもたちの祖母)とあまり一緒にいられない時期があったのね。
だからお母さんは家にいた方がいいと思ってて、、

お母さんが出かけるたり好きなことすると、なんか悪いことしてるみたいだし、みんなが悲しむと思ってるんだ、、、。」

あれ??

なんか緊急事態が起こりかけてる。

これは、、、!涙が溢れそうな事態になりそうだ!!

「ヤバい、、、」

助けを求めるように隣で静かに見守っててくれた夫を見る。

夫は

「お母さんが出かけることが必ずしも悲しいわけではないよね??」とみんなに問いかけると

「なんでお母さんが出かけるとみんなが悲しいの??」とずっと黙って聞いていた次女が私に言ってきた。

その表情は私に衝撃を与えた。

「え、ちょっと母上ごめんなさい。あなたがなにを言ってるのかわからないんですが(・・?)」

とでも言いたいような、本気で意味がわからないという顔をしていたのだ。

「え?だっていつもお母さんが出かけるっていうと悲しそうな顔してるじゃん。」と返す私に

「は?してないし」とでも言いたげな次女。

他3人も同様の反応。

こ、、、、、これは、、、、、!

リアルビリーフリセットじゃん!

泣ける。

泣けた。

母親が子どもの前で泣くなんて。

何か悲しいことがあったとかじゃなくて、自分を縛り付けてきたものについて語り泣くなんてちょっと情けなくも思えたり、逆に子どもたちに「自分たちがしっかりしてお母さんを助けなきゃ」みたいに思わせたりしそうでそれも怖さを感じる。

でもわかってもいる。

子どもたちに「こんなふうになってほしい」というものがあるならば、まず自分にそれを許し自分がそうして見せることが大事だということも。

私は子どもたちには嬉しいことがあれば思い切り喜び、悲しいことがあれば気の済むまでそれを味わい、

困ったことがあれば助けを求めるような人になってほしい。

だから私や夫がまずそういう人であることが何よりのお手本になるのだろう。

今回、目の前にいる子どもたちによって私の長年の勝手な思い込みがリセットされるなんて、私はなんて幸せ者なんだろう。

よく考えたら、私が出かけたり好きなことをすると子どもたちが悲しむて、、、なんて自意識過剰な(;▽;)

「でもさ、じゃあさ、お母さんのいる意味ってわからない、、」って言ったら

「生きてるだけで価値はあると俺は思うよ!」って次男。

ぬぉ〜〜〜!

そうきたか!

そうだよね!

そうだったね!

やられました。

子どもたちに。

親として何かしてあげなきゃなんて、ほんとにおこがましいっていうかなんていうか。

教わることしかないよね。

ただいればいいんだね。

親とは疎遠になってしまった今だけど、私はとても幸せだ。

親と疎遠になってしまったからその幸せを100%感じることにも制限かけてきたけど、きっとそうじゃないんだね。

親のことは親のこと。

今私と夫のつくった家族と絡ませる必要はないのだ。

そんなふうに思えるようになって楽になった。

そんなふうに絶対思えないと思ってたのに。

人により問題への向き合い方は違うと思う。

私には「セッションを受ける」という方法があっているように思う。

自分のために時間やお金を使うことに負い目はもういらない。

どんなことも「いいかげん」にもうしない。

だからカッコ悪いからと勝手に決めつけて、もう悩んでないようにも見せないし、

自分と向き合うことも続けていこう。

やりたいことはやって、

やりたくないことはやらないで、

でもやりたくないことでも頑張ってやるときがあったり、

大事なことはそのときの自分の気持ちをちゃんと感じること。

つい忘れたり「まあいっか」になりがちだけど、

そうやって自分の気持ちにとことん寄り添うことが結果まわりの人の幸せにもなるのだから。

はるちゃんのセッションを受けて以来、それまで毎日感じていたしんどさがなくなっている。

そして年が明け、この一年を楽しみにしている自分がいる、、、。

  

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勇気づけアドバイザー金丸由貴子

勇気づけアドバイザー

金丸 由貴子

47歳。果樹農家の嫁。元介護職。 4人の子どもたちが次々に学校に行かなくなり人生を問いただされた39歳から8年経過。 夫とともに自己探求しながら、毎日みんなで笑顔で過ごせるのが何より大事ということに行き着く。 2023現在、長女21歳、次女19歳、長男15歳、次男13歳。