不登校, 家族, 子どものこと

大きな一歩。

この春義務教育期間を終了し、新しい道に進む長女。

 

それはそれはとっても大きな決断で。

 

我が娘ながら本当に尊敬し心から応援している。

 

出発の朝、妹、弟たちに見送られ涙が止まらない娘。

つられて笑顔でいようと思っていた私まで涙が溢れ出てしまった。

 

お世話になる学生寮に着き、荷物を運び込んだり、足りないものを買いに出たりしながら時は過ぎ、父親は先に家に戻った。

 

私は娘の部屋に昨夜と今夜の2晩泊まり、いろいろ整えたり、通学に使う電車に乗ってみたり。

 

明日はとうとう娘を1人残し家に帰らなければならない。

引っ越しが決まってからというもの、その日を思っては胸が締め付けられるように苦しくなった。

 

はっきり言って娘のいない生活は考えられない。

私の一部がどこかに置き去りにされたような日々をこれから送らなければならないのだろうか。

 

もう二十数年前、短大に進学が決まり、東京で1人暮らしをさせてもらった時、初めて母が私をアパートに置いて帰ったことが鮮明に思い出される。

 

『駅まで送る』

そう言った私に

『大丈夫だから』

と、そそくさと玄関に向かい

『じゃあね』と去っていった。

 

静かに閉まったドアの前で私は泣き崩れた。

寂しくて不安で、後を追おうか迷ったが、それをやれば余計辛くなるような気がしたのか、私はそのまま1人でずいぶん長い間泣いていたような記憶だ。

 

ずいぶん泣いて諦めがついたのか、その後は覚悟が決まったような記憶もあるが曖昧だ。

 

今ならわかる。

閉まったドアの向こうで母も涙をこらえて歩き出したのだろう。

これまで私はそのときの母の想いなど知る由もなかった。

 

 

 

 

明日どんな顔をして別れたらいいのか。

農繁期でなければもう少しゆっくりもできたのだが、、、。

 

私は人の気持ちになって考えることがよくある。

そのおかげで寄り添うこともできるが、

反対に心配し過ぎてしまうことにもなる。

 

それにどんなにその人の気持ちになったような気になっていても、それらは所詮自分の感情でしかない。

 

 

心配は尽きないが、こうやって離れて暮らすことが今の私たちには必要な気もして。

 

娘と歩く渋谷の人混みの中、高い建物がひしめき合う中、

『こんな物騒な場所に1人置いて行くなんて、、、』

そんなことを考え出すとこぼれそうになる涙を何度もせき止める。

 

 

でも全て大丈夫なこともわかっている。

これまで一緒に過ごした時間があるから、離れていても、何があっても大丈夫。

 

願わくば、新しい生活が楽しくスタートしてくれたらと祈るばかりだ。

 

ああ、親って切ない。

娘に負けないよう私も頑張る。

 

毎日を大切に生きよう。

 

明日の別れがどんなになるか怖いけど。

 

 

 

私をまた成長させてくれる娘に感謝を込めて。

 

 

まあ、3日後には娘も一旦家に戻るのだが( ̧⸝⸝⍢⸝⸝)ི、、、  Շᐱෆ