不登校, 家族, 子どものこと

哀しい気持ちを止めないで。

嬉しいときも悲しいときも全身全霊で感情を表す私の人生の師匠は、

 

その日テレビゲームで悔しい思いをして泣き崩れていた。

 

その悲しみの叫びは隣のリビングにいても大きく聞こえてきた。

 

私は子どもたちが言い合いをしていたり、泣いていてもすぐには駆け寄らない。(緊急的な時を除いて)、

 

それでも師匠の泣き声は哀しさを響き渡らせていた。

 

ともすれば
『うるさいな〜!』
『そんなんなるならゲームしちょばいい!』

と一喝したくなるほどだったが、

 

自分がもしあんなふうに悲しんでたらと思うと、私は彼のそばにいきそっと背中に手を添えた。

 

泣きじゃくる彼。

 

背中をゆっくりポンポンしながら、

 

『悔しいの??』

 

『悲しいのかな、、、?』

 

 

泣きじゃくりながら

ポツリ
ポツリと

何があったかを語る。

 

どうやらもう少しでクリアするミッションだったのに、あとちょっとのところで叶わず仲間も助けられず無念な結果となってしまったようだ。

 

 

私はただ話を聞いていた。

 

『そうだったんだね、、、。』

 

『それは悔しかったね、、、。』

 

師匠は次第に落ち着き泣きやんだ。

 

 

大人はいつから彼のように
『悔しいよ〜!』
『悲しいよ〜!』

そういう感情を出さなくなったんだろう。

 

 

全ての大人ではないだろうけど、
私も含め、いつしかそういう表現をしなくなった人は多いだろう。

 

大人になれば当然、、、?

そんなことない。

 

悲しいときは悲しんで、

 

悔しいときも思いきり、

 

そうやっていくのが自然であって、

 

そうやっていくのが結局みんなの幸せにつながる。

 

話が大きくなるように感じるけど、結局世の中の平和につながる。

 

 

子どもがゲームがうまくいかなくて泣いてただけで大げさだって?

 

私はそうは思わない。