子ども4人不登校からの学び

満を持して? 機が熟した? LPLに行くぞ!

「ゆっこちゃんはLPLいかないの??」

これまで何度も、何人もの人から言われていることばだ。

LPLとは岡部明美 アナテース

昨年と一昨年には夫がすでに受講している。

夫婦で自己探求してきて、明美ちゃん(ご本人の希望もあり、敬愛の意を込めて受講生はそう呼んでいる)のワークショップにも何度も参加している私がいまだLPLに行かないのは界隈の人から見ると不思議なようだった。

でも私はそう聞かれるたびに「LPLは行かないです!」と答えていた。

自分の行く場所ではない気がしていたり、敷居が高いと感じたり、昨年は「LPLに行ったら大丈夫な人になっちゃいそうだから行かない」ということを口にしていた。

私は「大丈夫な人になったら愛してもらえない」というビリーフを持っているから自分の悩みや苦しみがなくなってしまうのは死活問題だったのだ(笑)

悩みや苦しみから解放されたいと願いながら無意識の世界で逆のことをしている、、、それが人間だ。

そういうカラクリを知りたくさんの自分の中の矛盾を発見して、随分生きるのは楽になった。

それでも、ほとんどの人がその関係の根の部分に悩まされるといっても過言ではない「親」とのことはいつまでたっても何をしてもどうしても私の人生にブレーキをかけ続けているようだった。

この3年は特に苦しくて、いっそこのままもう生涯会うこともなく終わっていくことを受け入れたほうが楽になるのではと諦めかけたこともある。

「焦らなくていいんじゃない?」「時間が必要だよ」

早く何とかしなければと嵐の中に突っ込んでいき、傷つけ傷つけられて痛手を負う私に

夫はいつもそんな言葉をかけてくれた。

今となっては本当に夫の言うとおりだった。

時間が必要だった。

お互いに十分苦しみもがく時間が必要だったのだ。

流れが変わったように思えたのは先年末にはるちゃんのセッションを受けてからだ(いいかげんにしなさいの呪い。

現実が動き、私は長年の苦しみから解放された。

私ははっきりと理解した。

これまでの苦しみが自分に必要なものだったことを。

これまでのどんな場面も、どんな言葉も、何一つとして意味のないものはなかった。

全部必要だった。

、、、、、、、私がこれまでLPLに行かなかった一番大きな理由はたぶん、「自分にそんなお金と時間をかけるなんて、、、」とか「これまで散々お金と時間をかけて自己探求してきたのに、まだLPLにまで行って自分を癒すなんて、、、」というものだった。

いつも頭の中では「いいかげんにしないと」っていう声がしてたし、今更行くなんて言ったらまわりの人にも「まだそんなこと言ってる」って思われそうだった。

でもその呪縛が解けて、人からどう思われようと関係ない!もう「いいかげんにしなきゃ」と聞き分けるいい子は卒業だ!!ってなった。

それに学園の活動をするようになって人の話を聴く機会が増えて思うのは、これまでの私の痛み苦しみがあるからこそ「同じ気持ちを知ってるよ」という心持ちで寄り添えるということだ。

とはいえ私の壮絶でもない人生を引っさげて自分を癒すためだけに行くのは抵抗があった。

でもLPLの説明を読んでビックリ。

「この講座で大切にしていることは、他者の支援、応援をする立場の方が、何よりまずご自身がイキイキとした自分らしさを取り戻し、自分の個性と才能と可能性を発見し、いのちが歓ぶ生き方=天命を生きることが最大の他者貢献につながることを体験することです。」と書いてあるのだ!

私はこれから、より一層「本音で生きるんだ!」ということが、はるちゃんのセッションでも出てきたばかりだった。

自分が本当の自分を生きることがまわりの人の幸せにも繋がるなんて!

もうなんの言い訳もせずLPLに行く理由が自分の中でバッチリはまり完全にGoサインが出たのだ。

いつも明美ちゃんが言っている。

「プロセスは完璧」

これまでは人の話を聴くことはできても、その先にいけないもどかしさを覚えていた。

LPLで学んできてそれを還元したい気持ちで今はいっぱいだ。

今だから私は行くんだ!

行ってやるぜ!

諸々の不安は多々あれど、頑張るぞ〜。

楽しむぞ〜。

あまりまとまりのない文章だけど私の想いを乗せて、、、。

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勇気づけアドバイザー金丸由貴子

勇気づけアドバイザー

金丸 由貴子

47歳。果樹農家の嫁。元介護職。 4人の子どもたちが次々に学校に行かなくなり人生を問いただされた39歳から8年経過。 夫とともに自己探求しながら、毎日みんなで笑顔で過ごせるのが何より大事ということに行き着く。 2023現在、長女21歳、次女19歳、長男15歳、次男13歳。