不登校, 子どものこと, 金丸文化学園

金丸文化学園、子どもの居場所少しずつ。

2017年から「金丸文化学園」として不登校の親子の居場所づくりを少しずつしてきた。

これまではどちらかというと親御さん、特にお母さんに寄り添う場所だった。
子どもが学校に行かなくなり多くの親御さんは困り果て、早く問題を解決しなくてはと思ってしまう。

でも悲しいかな、子どもをどうにかしなければと思っている限り問題は解決しない。
ありのままの子どもを受け入れ、どこかに所属することや読み書きや人との関わりができることが人として生きる絶対的な条件ではないことが心底理解できたときに問題は解決する。

もっと言うとそこに何も問題は存在していなかったことを知る。

でもそうなるには、これまで自分の中に深く根付いていた考えや価値観をいろんな感情とともにひっくり返していかなければならない。

それは並大抵のことではない。
痛み苦しみを伴う。

そんなときに支え合える仲間、同じ道筋をたどってきた仲間の存在が必要になる。

自分の下す判断が正しいのか。
もっと他に道があるのではないか。

そんな思いにかられるとき、ただただ聞いてくれる人や場所があるだけで冷静になれたり心にスペースができたりする。

子どもだって、みんなが行ってる学校に行けないことで十分戸惑ってるはず。
その上、そんな自分のせいで親が悲しんだり困ったりしてるとしたら追い討ちをかけられるようなものだ。

だから子どもにとってもそんな人や場所が必要だ。
そしてお父さん、お母さんがそれになれたら最高だ。

だからこそ、子どもは置いておいてまず自分。
自分の安心安全な場所を確保したいものだ。

そんな思いでこれまで親子の居場所づくりをしてきた。

それでも子どもたちの居場所づくりもしたいという思いもずっとあった。
そんな折、これまでほぼ一緒に活動してきた
「つなぐ〜学校に行ってない子の親の集い〜」の代表とも相談し、新たな試みとして子どもを真ん中に置いた居場所の日を試験的にはじめてみた。

そのときの様子↓
「つなぐ〜学校に行ってない子の親の集い」
https://ameblo.jp/tsunagu2018

今、学園に出入りしているお子さんはほとんどが小学生。
活動を始めた頃から来てくれているお子さんもいれば、ここ最近くるようになったお子さん、たま〜に気が向いたときだけ足を運んでくれるお子さんなど様々だ。
初めてでもすんなり室内に入ってくる子もいれば、駐車場まで来ただけで帰っていく子もいる。
駐車場までで帰った子も、次は入り口付近まで来たり、少しの間外から様子を伺って帰ったりとその子によって本当に違う。
もちろんこちらでは無理強いなどしない。
入っても入らなくても大丈夫。
何かをしてもしなくても大丈夫。

ただ、来てくれたこととまた会えたら嬉しいということは可能な限り伝えるようにしている。

どんな自分でも否定されない、安心できる場所だと身をもって感じることができれば子どもは自然と好きなように過ごすようになる。来たければ来るし、来たくなければ「行かない」と言える自分になる。



活動をはじめた当初はほんの数組だった親子も、今でははっきりとした人数がわからないほどに。(学園での集まりには毎回平均して5〜6組だろうか)

最近では集まりの際、かつては涙ながらに心境を語っていたお母さんが初めて来たお母さんの話を親身に聞き励ますなど、みんなで場を作り上げてる感じがとても温かい。

よく「お母さんが笑ってるのが一番」なんていうけど、
簡単ではない。
「こんな状況で 笑顔になんてなれない」っていうことを安心して吐き出せる場所でありたい。

これからもお母さんにも子どもにも寄り添っていく場を今関わってくれてるみんなで作っていきたい。