不登校

不登校について家族やまわりの人と考えが違うとき。

これね、もう本当に不登校の家庭ではあるあるなお悩み。

自分(母親)は悩みながらもわが子の味方であろうと考え方をチェンジして、不安でたまらない中でも学校に行かない道を選択しても大丈夫だとなんとか自分に言い聞かせやってる中で、残念ながら夫や親や親戚なんかの身近な人から理解が得られず苦しむ場合がたくさんある。

これについては私もひととおり辛い過程を通過してきた。とはいえ、今思うと夫は最初から私よりもずっと「なんとかなる、大丈夫」と楽観的だったし、義父母や親戚に関しても幾度となくぶつかり合いはあったものの、今現在は全くと言っていいほど何も言われなくなったからまだいい方なのかもしれない。

わが家は一応二世帯住宅だ。中は自由に行き来できるし少し大きな声出していれば全然聞こえるような作りではあるけど、台所やお風呂やトイレ全て別になっている。

そうでなければ今頃私はどうなっていたことか、、、。完全同居のお宅でお嫁さんしてる人は本当に尊敬だ。

親である私たちはいつもすごくすごく子どものことを考えてる。子どもたちが人並みなことをできるように。年相応にいろんなことに適応できていく人になるように。例えつまずき転ぶようなことがあってもまた立ち上がって進んでいけるように。そういう生きていく中で日々起こることに対しての対処法なんかを教えることや、なんなら子どもが困らないように傷つかないようにと先回りすることが親の務めと信じてる人は少なくないだろう。

でもそんな感じで子どもと関わっていてわが子が学校に行けなくなったら、誰だって自分の何が行けなかったのか、どこが間違ってたのかって思ってしまうのは当然のことなのかもしれない。

それで自分の考えを改めてめちゃめちゃもがきながらも試行錯誤しているところに、「お前の育て方が悪い」「子どものことは任せてある」という夫からの言葉や、「子どもをどうするの!?学校行かなきゃ将来困るじゃない!」「勉強は多少遅れたとしても社会性は学校行ってなきゃ身につかないんだよ」「そんな甘いこと言ってるからダメなんだ。我慢を覚えさせなければ大人になったとき困るんだよ!」とかとかほんとに辛辣なまわりからの言葉。

うるせーよ、、、っていうのはなんとか胸の内におさめつつ(^_^;)

「それはあなたの考えですね」

と線を引くことが必要だ。

アドラー心理学でいうところの私の大好きな「課題の分離」だ。

課題の分離は「そのことをやったことで、またはやらなかったことで起こることの結果を引き受けるのは誰か」ということ。

これを知ってたら今現在子どもをなんとか行かせたいと葛藤している親御さんにとっても不登校の問題への考え方がかなり変わるだろう。

そう、それで、あれこれいらぬお世話を焼いてくる人たちやちっとも理解してくれない人に対しては、それはあなたの考えであって、あなたが実践してくださいってこと。あなたの心配や不安を押し付けないでねっていうこと。

もしおばあちゃんが無理矢理にでも引っ張って連れてくべきって言うなら、じゃああなたがやってみてくださいってこと。私たちが従うことはない。

でも、すごく屈折してるけど最終的に子どもの幸せを願ってるっていう部分ではみんな同じなんだよね、、、。

そして同じように子どものことを大切に想い、幸せを願ってるからこその今の選択を否定しないでもらいたい。

特にいろいろ言ってくるのが私たちの親世代だったら、「あなたたちも日々たくさんの迷いや葛藤の中、そのとき最善と思われる選択で私たちの子育てをしてきたはずです。それと同じようにあなたたちから見て間違ってるように見えても私たちは一生懸命に考えてやっているのでどうか見守ってもらいたいです。」

と、ときには毅然とした態度で伝えるのも必要。嫁という立場はなかなか厄介なもので、言われるがまま聞くしかないような状況も本当にわかるけど、「なんでも言っていい相手にさせない」「そんなふうに言われたら傷つく」「心配してもらうのはありがたいけど、ちゃんと考えてるから見守ってほしい」

ということを伝えられたらいい。

自分が無理なら旦那さんに頼む。

旦那さんに協力してもらえないなら、「頼りにならないから私がなんとかするしかない」を手放して、もういっぱいいっぱいだよということをわかってもらうところから、、、。

* 金丸夫婦と不登校のお話し会やります *

    不登校のお話し会