子どものこと, 学び

「おとなしい」の呪い。

高校一年生の私は、好きな人が好きだからという理由だけでBOOWY を聴いていた。

同じクラスの彼とは言葉も交わしたことがない。

ラグビー部でなかなかのイケメンの彼が自分なんかのことに興味があるどころか認識さえしてもらえてないくらいに思っていた。

当時の私はそこそこ可愛くはあったけど笑、とても地味で目立たない子だった。

男子女子隔たりなく和気あいあいとつるみ、くだらないことで笑い合い、いかにも高校生活を謳歌してるような子たちとはかなり距離があった。

それでも不思議なことに、そういった目立つ感じの子やちょっとヤンチャな部類の子たちにも授業の何かグループになったり並ぶ順番が前後だったりすると割と可愛がってもらえてる感があった。

いま大人になって自己探求もして自分の持つ素質を考えてみると
「なんかよくわからないけど割と人に好かれる。割となんかかまってもらえるし、割と私にかまってもらいたい人もいる」ということだったのだろう。

当時の私はそんなこと知る由もなく、本当に親しい友人とだけ言葉を交わすような子で、その親しい子が休みだったり取っている授業の関係で別行動だったりすれば、自分から言葉を発せずに長い時間を過ごすことも全然苦ではないような性格だった。

中学のときにある男子生徒に「歩く地蔵」とからかわれた。
その男子に激しい嫌悪感を抱いた。

私は本来明るく無邪気でひょうきんな面も持ち合わせる人間だ。
ただ人前でそれが発揮されないだけだ。

私のことを何も知らないくせに、そんな軽はずみな言葉で私の触れられたくない部分に土足で踏み込んできた彼を今でも覚えているのだ。

そう、私は触れられたくなかったのだ。
口数の少ない自分はダメだと思っていた。

小学生の頃から毎年家庭訪問にくる先生の母への第一声は
「おとなしいですね〜〜〜!」
それは何年もぬりかえられることなく堂々と一位を守り続けてきた言葉だ。

その度になんとも言えない気分を味わってきた。

先生も母もそれを悪いことと言ったわけではない。
たぶんただの一度も。

それでも幼い私はその言葉の雰囲気から大人しいことはいけないことと認識してしまった。

学校では積極的に手をあげて答えることがいいことだったし、
先生に何か聞かれたらハキハキと答えることがいいことだった。

そのどちらも私にはかなり難しいことだった。

だからそんな自分の性格は良くないと思っていただろうし、
嫌ってもいたかもしれない。

もう一つ今思い出したこと。
たぶん10歳くらいの頃、テレビ関係の人が私を見て
「お嬢ちゃんかわいいね〜!テレビとかどお??」と言った。
固まってる私の前で
「この子は内弁慶だから」と母が言い
「じゃあダメだ〜」的な会話がなされた。

この出来事もまた私には大きな出来事だっただろう。

今なら
「おとなしいって何?」
「何基準?」
「誰基準?」
て思うし、そのことで悩んだり自分の性格を嫌ってる人がいればその必要はないと言ってあげられるのだけど。

あと、人見知りも同じ部類かな。
初めてとか慣れない人や場所が全然平気な人もいれば、
慣れるのに少し時間がかかる人、半端なく時間がかかる人、どうやっても無理な人、いろんな人がいるのは当たり前だ。

それを苦手と呼ぶと、やっぱりネガティヴな意味合いになってしまうけど、
「私はそういう人、ただそれだけ」と自分がわかっていて、そんな自分にOKが出ていればそこにはなんの問題もなくなる。

そんなところで人間の価値は決まらない。

もし今自分の子どもがすごく対人が苦手で、誰かに会うたびにちょっと困って子どものかわりに返事をしているお母さんがいるとしたら

どうか「困ったものだわ」という雰囲気ではなくて
「この子はそういう子、ただそれだけ。」という認識に変えてもらえたらと思う。
そして生涯このままとも決めつけないでほしい。
人は変わるものだ。
ずっと今のままということは何一つない。

たとえ変わらなくても、それはそれでなんの問題もないのだ。
表に現れてるものなんかでははかりしれないその子だけのエッセンス。
その輝きを本当はお母さんだって知ってるし認めたいはずだ。

世の中の定規っていろいろあるけど、
あまりにも苦しいならいったん置いておこう。

それは子どもだけでなく、無理やり当てようとしてる自分にも、、と自戒の念を込めて。

、、、、、末っ子をフリースクールに送った帰りに40代にオススメのメドレーの中から流れてきたBOOWY、、、から高校時代にタイムスリップ、、、からの自分の性格振り返りとなった久々のブログ笑