子ども4人不登校からの学び

気の済むまで寝込ませてもらった話。

〜これは2月に体調を崩した私への夫の対応からの気づきを書いたちょっといい話です。ただの「のろけ」とも言えるので引き返す人はご自由に〜

2月のあたま、ある日の夕飯の時間、私は自分の体に異変を感じていた。
「なんか嫌な感じ」
まさに風邪のひきはじめのような気のせいのような曖昧な感じ。

これはおかしいかも、、と確信したのは夕飯にまったく手をつけられなかったこと。私にはありえないことだった笑


だんだんと座ってるのもなんだかしんどくなってきてその日はそのまま寝床に入った。

そこから何年振りかわからないけど熱が上がる前の懐かしい感覚の悪寒。
ひどい悪寒
すごい悪寒(笑)
そして身体中の倦怠感と痛み。

いよいよ熱がバーーンと上がった感じだ。
そこからもまたしんどかった。
いやーーー、今思い出してもほんとしんどかった。

頭痛もあったけど、とりあえず鎮痛剤はどうにもこれは辛すぎるっていう段階までは使わずにいたかった。

でも眠ることもできずもう限界だーーってなったのが真夜中。
まだ寝室に姿のない夫に電話しようか、、とも思うが多分コタツで寝ている。
そしてこの頃、義父も体調を崩し夫は一日中そちらに何度も呼ばれて介護に入っていたから疲れていると思われ、さすがに申し訳なく感じて長男に電話をかけた。
(長男は昼夜逆転してるからちょうど活動時間w)

ところが長男は入浴中で電話に出たのは夫だった。
幸いまだ起きていたとのこと。

頭痛薬を持ってきてもらい私の様子を見た夫は「なんでもっと早く言わんだ」と言った。
私は随分と自分に我慢をさせていたことに気づいた。

夫は「どれ、少しもまっか」←甲州弁:「少し揉もうか」と言い体をさすり始めた。
「え、いいよ、まだ寝てないんでしょ?疲れてるでしょ。」
「大丈夫、大丈夫。」

申し訳ない気持ちの中に、「ああ、夫はこういう人だった」と
本当にありがたい気持ちと、
「もし逆なら私はここまでしてあげれない」と
夫の深い優しさとそれを持ち合わせない自分を比べ、また少し申し訳なさを感じる。

体中が痛い。
特にふくらはぎがどうにも痛すぎて辛いと言うとそこを重点的に随分と長い間揉み続けてくれた。
ちなみに夫が私のマッサージをしてくれるときはいつもiPadで映画なりコミック漫画なりを見ながらだから、そこは少し気が楽だ。

薬が効いたのと夫のマッサージでかなり楽になり眠ることができた。

翌日、まだ熱は少しありそうだが夜中の高熱は下がったように感じられた。

夫が様子を見にきてはマッサージしてくれたりお粥を作ってきてくれたり、
「何かあったら呼んでな」と優しい声をかけてくれたりで私はお姫様にでもなったようだった。

優しくされることに慣れていない私は戸惑う。

いや、本当は夫はいつだって優しい。
「その優しさを受け取る資格がない」と無意識に思い込んで
「大丈夫だから」と拒否したり自分が勝手に自分を責めたり、、。

これまではそんなことをやってきたけど、
私も自分を大切にするとか、自分に優しくするということができるようになってきたから今回は「私の体、休みたがってたのかもしれないね」
と具合の悪くなった自分を責めずにいれた。
(ほんとは私が自分に優しくするようになったから優しくしてもらえる現実が現れたとも言えるちょっと深い話。)

そして体はしんどくとも、とりあえずなんの心配もなくひたすら寝ていられる状況に、
「私何もしないで寝てたかったのかな〜」とか、
夫や子どもたちに優しくされて、
「ああ、私みんなに優しくされたかったんだ〜」とか

「人は無意識に望みを現実創造している」という最近の学びを思い出していた。

問題はそこから。
熱が下がったはいいけど、来る日も来る日も体のだるさが抜けずなかなか日常に戻れずにいた。
少しはいいかなと階下に降りて何かしてみるけど、やっぱり消耗が激しくて横にならずにいられない。
私は観念してまた床につきひたすら寝ていた。

何日が経っただろう。
流石にこんなに何日も寝込んでいては申し訳ない。
対外的な予定もいくつもキャンセルや延期をしてもらった。

と同時に、ただの風邪くらいに思っていたけどこんなに長引くなんて、私はまた元気になる日が来るのだろうか、、早く元気にならねば、、、そんな不安や焦りも出てきた。

いろいろと頑張ってくれている夫にも「ごめんね」と言葉にする回数が増えたが、いつでも「具合悪いんだからゆっくりしてればいい」と言ってくれ、そこには内心困ってたり私を責めたりする様子は微塵もうかがえなかった。

夫は自分自身も学んだせいもあるかもしれないけど、いつだってありのままの私を全肯定してくれる。
今回もいつまでも調子の上がってこない私に
「今日も動けそうにないの?」「まだ調子悪いの?」とか
「少し動いてみた方が調子出てくるんじゃない?」とかそういう類のことは言わずに、
ただただそのまま受け止めてくれた。

これは私のことを
『いつまでも気の済むまで具合の悪いままいさせてくれた』ということだ。
これは本当にありがたいし、すごく大切なことだなぁってまた考えさせてもらった。

子どもが学校に行けないとか、引きこもってたりすると親はどうしても焦るし純粋に元気になってもらいたいと、明るく言葉をかけてみたり外に連れ出そうとしてみたりするんだけど

ここで声を大にして言いたいのは、そんなことしなくても当の本人は十分焦ったり自分のこの先を思って不安を抱いてたりするということ。

私の今回のことはそんなことをもう一度思い起こさせてくれる大切な出来事だったと思っている。

何日も寝込んで動けるようになったとき、
家族のために洗濯したりご飯を作れることがどれだけ幸せか身を持って知った。あんなに文句ばかり言っていた家事なのに。

そして、何も変わらない毎日がどれだけありがたいことか。
最近何かつまらないとボヤいてた日々は本当は奇跡の連続だということ。

明日の朝、目が覚めない可能性だってある。
今は毎朝目が覚めると「ああ、今日も生きてる」って思う。
今日も大好きな家族に会えるって。(一緒に暮らしててこの表現は変かもしれないけど私にとってはしっくりくる)

当たり前のことなんて何一つない。

自分と家族の命があって、おまけに笑顔まで見られる今日に感謝して、、、。

追記 : 今回、人との約束もいくつもお断りすることになったり返事を待って
    もらうことになったりした。
    ちょっとした返事ならと無理をすることもできただろうが、「今無理だ
    から改めて、、」という連絡だけして私は自分に無理をさせなかった。

    そして、どうしても人に会って渡さないといけないものがあったときは
    夫を頼った。

    これは、夫の優しさに甘えると同時に、私が自分を責めず、無理もさせ
    ず、できないものはできないと諦め自分を許したことも大きいと思って
    いる。

    かつては具合が悪く寝込んだりすると私は夫にすごく謝ってたし、
    夫はめちゃめちゃ機嫌悪くなっていたもん。

 
    自分が無理をすれば人にもそれを強要したくなる。
    自分に甘く優しくできると、人にも甘く優しくできるものなの
    だ。

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勇気づけアドバイザー金丸由貴子

勇気づけアドバイザー

金丸 由貴子

47歳。果樹農家の嫁。元介護職。 4人の子どもたちが次々に学校に行かなくなり人生を問いただされた39歳から8年経過。 夫とともに自己探求しながら、毎日みんなで笑顔で過ごせるのが何より大事ということに行き着く。 2023現在、長女21歳、次女19歳、長男15歳、次男13歳。