子ども4人不登校からの学び

学校の先生に想いを伝えてみた。

4月の頭、新年度ということで息子たちの担任の先生がそれぞれ挨拶にきてくれた。

学校に行ってれば今年中学2年と呼ばれる年まわりの長男と、同じく小学6年生と呼ばれる年まわりの次男、二人とも昨年と同じ先生が担任となった。

私は年度末同じ先生方が最後の訪問に来てくれてから考えていたことがあった。

私たち家族は上の二人の娘も行ってなかったこともあって学校で何となく引き継がれているのか、
はたまた私たちが先生が変わるごとに「今の状況に困ってない。」ことを伝えているからか、もう長いこと「学校」とは積極的な関わりを持っていない。

ただ学校側としては安否確認というか時折子どもを確認することが必要な面もあるようだから、昨年も私と夫で「月に一度来てもらえばいいよね」という感じでそれを伝えていた。


なので月に一度先生から連絡が来て、日時を調整して家に来てもらったり、途中からは一人一台端末のタブレットを使ってオンラインで子どもと先生が短時間ではあるが近況報告的なことで話していた。

年度末の最後の訪問が終わり私は果たしてこれで良かったのか?
本当に必要なことだったのか?
息子たちはどう思っているだろう?
ということが気になりはじめた。

というのも、こう言っては何だが、
学校の先生って、、、、
何というかどこまで行っても学校の先生というか、、、。

ぶっちゃけると、毎回私が「先生たちどう思ってるんだろう?」
「私たちのこと、なんだと思ってるんだろう?」
「内心軽蔑してるんじゃなかろうか」とか、時にバカにされてるようなものを勝手に感じたりしていたからだ。

息子にかける言葉も、
「もっと他に聞くことないの!?」って思うようなことだったり、


『何か好きなことやってるならいいね』→「え?好きなことやってないとダメなん?」とか、


「学校行ってなくてもちゃんと生活してるんだよね?」とでも言いたげな、
『フリースクールがお休みの時も規則正しく起きますか?』という質問だったり、、、。


「親によって然るべき躾がなされてない」と先生が悪く捉えがちだったり、
ますます「不登校」というものに対するイメージが悪くなるような気にさせられるような会話が多いのだ。

私たちが親としてどうなん?ていう点でバカにされたり軽蔑されるのはまぁ良しとしても、
私たちのせいで世の中の不登校してる家庭全体の印象が悪くなるのは本意ではない。

なので、あと一年の間顔を合わせることになるのだから、私は一度先生に話を聞いてもらおうと思った。

息子たちにも先生との面会について再度確認したところ、長男は昨年と同じように月に一度先生と顔を合わせるのは構わないとのこと。
もしかしたら、少し楽しみにしてるところもあるだろうか??
長男の先生は最初の印象とは裏腹に、とても好意の持てる先生だった。

次男の方はというと、、、
実は私的にはこちらの次男の先生の方がいかにも「先生」って感じで、物腰も優しく毎回丁寧な対応はしてくれてたけど、「上っ面だけ良くても仕方なく業務こなしてんだろうな」と思っていた先生だった。
それで昨年、先生とやりとりする次男の反応からも「別に会わなくていい」という気がしていた。
ところが次男からの返答は「俺はどっちでもいい、先生やお父さんお母さんが決めてくれていい」というものだった。

私は意外な言葉に、次男の方も先生と顔を合わせることは特別楽しみにするほどではないにしろ、嫌なわけではないし、自分のために会いにきてくれたりGoogleミートで繋がったりするのは悪い気はしないのかな?と思った。

それを踏まえて私は先生に伝えたいことを自分の中で整理した。

息子たちが私が思ってるよりも学校の先生と会うことを好意的に受け止めているのを感じた私は、ここでようやく自分が自分を閉ざしていたことに気づいた。

日頃から学校側とのやりとりで疲弊していたり打ちのめされて傷ついてる親御さんたちの話を聞く機会も少なくない。

わが家はこれまで比較的当たり障りのない先生が多かったものの、
「学校が変わらないから、うちの子たちの学びの場が奪われた」という思いはやっぱり時折顔を出す。
だって悔しいもん。悲しいもん。
学校に行けないばかりにいろんな機会が奪われて、すべての子どもに教育をなんて言っておきながら学校に行けない子への教育の補償なんて全然されてない。
、、、って、こういうこと言い出すと止まらなくなるし、今日はそのこと書きたいわけじゃないからここまで(ー ー;)

えーと、なんだっけ笑

そうそう、私の中に「どうせ学校の先生なんて」っていうものがあったっていう話。

学校の先生になってる時点で、学校楽しかったんだろうし、そこでの学びがいろんな場で役に立つ機会があったりで、それを子どもたちにも伝えたいという人がなっていると考えられる。

中には学校で辛い思い出とかあるけど、すごくいい先生に出会って救われて、自分もそんなふうになりたいと思って先生になる場合もあるだろうけど、やっぱり多くは普通に学校行ってた人であり、嫌なことを我慢したり理不尽なことを乗り越えて大人の期待に応えてきたであろう人たちだ。

私の中に、「そんな人たちに不登校の子どもの気持ちやその親の気持ちなんてわかるわけがない」と決め込んでいる部分もあった。

「心を閉ざしていたのは私だ、、、。

物腰も優しく毎回丁寧な対応だけど、上っ面の会話だけして壁を作ってたのは私だ、、、。」

私は改めて先生に伝えたいことを考えた。
まず、昨年も月に一度は様子を見に来てくれるなりGoogleミートで息子との時間を持ってくれたことと、いつも優しく接してくれることへの感謝を伝えようと思った。

それも仕事のうちと言ってしまえばそうなんだけど、日々の業務をこなしながらわざわざ出向いてくれること、そして何よりも先生たちにとっても不登校の家庭は未知の世界だろうなとも思った。

いずれは学校に復帰したいと思って学校と関わってる家庭ならともかく、うちの場合はもう学校に戻そうなんて夢にも思わないし、そんな考えの家庭って先生からしたら「何考えてるんだろう?」って思われても不思議じゃない。

違う人種に会うくらい身構えてもほんとはおかしくないだろう。

私はこれまで改まって伝えたことはなかったけど、わが家がここまでに至るまでのことを簡単に話そうと思った。

「学校に行かせないで平気でいるなんて、親としてどうなんだ」って先生に思われてるんじゃないかっていう気持ちがあることも。

そして私たちも今でこそ笑って平和に暮らしてるけど、4人が次々に行かなくなる過程では本当に苦しい時期もあったこと。
最初は学校に行くのは当たり前と思ってたしなんとか学校に戻そうとしたこと、でもそうしてるうちは家の中はとても息苦しかったこと。

夫婦ともに色々と情報を集めたり葛藤する中で、子どもたちが家のことを安心安全と思えて、笑顔でいられれはそれが何よりというところに行き着いたこと。

ただ、なかなか人と接する機会は少ないから、家族以外に息子のこの一年を見守ってくれる大人の一人でいてもらえたらありがたいと思っていること。

そんなことをあらかじめ自分の中で整理して実際に伝えた。

それぞれの先生には、来てくれた時に少し聞いてもらいたい話があると伝えておいた。そんなことこれまでなかったもんだから、さすがに何を言われるんだろうといった感じの緊張した面持ちのように感じた。

先生にしたら何かクレーム的なこと言われるかもと身構えていたかもしれないけど、そういう類の話ではないことがわかりホッとしてるようだった。

そして、これまでは触れてこなかった話をした私たちに感謝を伝えてくれた。

正直、内心はわからない。
ただ、私はこちらの胸の内を伝えたことで少しホッとした。

「どうせわかってくれない」
そう思うと気持ちを伝えるのはとて怖いし、そもそも伝えようとも思わないものだけど、

「わかってもらえないかもしれないけど、気持ちを伝える」
「伝わらないかもしれないけど、持ってる想いを知ってもらう」

これはどんな関係においても大切なことだと思う。

学校の先生も、誰一人として同じ人はいない。

「学校の先生」と一括りにする前に、一人の人として心の内を打ち明けてみた話。

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勇気づけアドバイザー金丸由貴子

勇気づけアドバイザー

金丸 由貴子

47歳。果樹農家の嫁。元介護職。 4人の子どもたちが次々に学校に行かなくなり人生を問いただされた39歳から8年経過。 夫とともに自己探求しながら、毎日みんなで笑顔で過ごせるのが何より大事ということに行き着く。 2023現在、長女21歳、次女19歳、長男15歳、次男13歳。