不登校, 子どものこと

数年ぶりの家庭訪問。

学校に行ってる子どものいる家では、五月の連休が明けると家庭訪問が待ってたりするのではないだろうか。

わが家ではこの数年は家庭訪問とか、二者懇談、三者懇談といったものは辞退している。

定期的に先生が訪ねてきてくれるし、特に困ったこともないので必要性を感じなかった。

今年度、子どもたちも一応学年が変わり、長男次男ともに担任は初の男の先生となった。

年度初めに各学年の主任の先生とともに4人で家に挨拶に来てくれたとき、長男の方は若い男の先生、次男の方は私たちと同年代くらいと思われる男の先生だった。

まあ、初めて訪れる家でもあるしどの先生も好印象。

次男の学年主任の先生に至っては、次女の4年生の時の担任の先生で、その後行かなくなった後も1年空いてまた同学年に所属していて卒業の際には一緒に校長室での卒業証書授与に立ち会い涙してくれた先生だ。

ちなみにこの先生、次女が行かなくなったときは学年を外れていたにも関わらず娘を気にかけ家を訪ねてきてくれた。

それだけではない。

「やらないで後悔するよりやって後悔する派なんです、スミマセン。」と、ハムスターとハムスターを飼う道具一式を買い揃えて来てくれたのだ。

これには感動した。

この度、娘と一緒にその先生との久しぶりの再会を果たし感動。

男の先生もどちらも、しっかりと長男次男に挨拶してくれ、私はたぶんそのときに無意識ではあるけどなんていうか淡い期待をしてしまったんだろう。

学校行かないのはいいとしても、別に先生でなくても誰でもいいんだけど、家族以外にたった1人でも自分の胸の内を話せる相手がいたら、、、胸の内とまで言わなくとも他愛のない会話でもいい、何かしらの関わりが生まれたら、、、やっぱり常日頃そんな思いがある。

友だちなんて、大人になってからでもじゅうぶんできるし、自分が欲すればできないことではないとも思うけど、日々の中でほとんど家族としか接していない子どもたちを思うとき私の中に出てくる素直な気持ちだ。

そんな淡い期待を抱いて家庭訪問に来てもらうことにした。

そして迎えた当日、まずは長男から。

笑顔の爽やかな若い男の先生。

学校側から伝えるようにとか確認するようにと言われてたであろうことをひと通り話した後は、私や夫から先生に世間話的な話を振ったりしながら時間が過ぎた。

結局、その先生は最初から最後まで、私たちの大切な息子がまるでそこにいないかのように過ごして帰っていった。

ひとことも息子に声をかけることはなかったのだ。

長男は人に会うことはあまり好まない。

それでも私の声かけによって家庭訪問に同席してくれたのにガッカリだった。

残念だった。

その後そのモヤモヤを夫に聞いてもらいながら、私は勝手に期待していたことに気づく。

先生がにこやかに息子に質問したり自分の話をしてくれたりして、なんとなく次も会ってもいいかなと息子が思うような展開になったら、、、そんなことを勝手に期待していたにすぎない。

ガッカリするのは期待してるからだ。

そういうことは日常には往往にしてある。

私は必要以上に怒りに震えることも、先生に恨みが湧くこともなく、このことを一つの出来事として終えることができた。

まあ、モヤモヤの段階では

「あの先生ニコニコしながら、子どもを学校に行かせないなんてイカレタ親だとか思ってたんじゃないの?(*`へ´*)」くらいは思ってたけど笑

続いて次男の先生。

やはり年の功か、先ほどの若先生より余裕がある。

同年代のお子さんがいるとのことで世間話も交えながら息子にも話しかけてくれる。

最後には何かできることがあれば言ってくださいと締めて終了。

たしかにわが家はもう数年前から学校に行かないことを困ってないし何かお願いすることがあればこちらから言わせてもらいますというスタンスで来てるので、それを受け継いでるのであれば積極的に子どもたちと関わろうとしないのも当然だろう。

私が何かを期待するなら前もってその旨を伝えるべきだったということも後から考えればわかることだ。

まあ、何はともあれ家庭訪問は終わり、小学校入学時に引き受けてしまった、来年長男が6年生になったときのPTAの役どころも同じ地域の他の家でしてくれるように計らってもらいひと安心。

学校側では少し前にも世間を賑わせた虐待の問題もあり、定期的に訪問して安否確認することが必要なのはわかるが、先生も大変だなぁ。

こちらから出向いた方がいいのだろうか。

やっぱりそもそも学校行っても行かなくてもいい世の中にならないことにはね、、、。

不登校の家庭ではいろいろ面倒だったり、消耗したり、、、です、はい。

あ、ちなみに金丸文化学園では「自由登校」とか「非登校」っていう言葉を広めていきたい所存です!