不登校, 家族, 日常の出来事

中途半端で暇人な私。

暑い暑いと騒いでいたのも束の間、床につく時には開け放っておいた窓を朝方閉めるほど涼しく秋めいてきた今日この頃。

毎年農繁期の後は日々の生活もやっとこさというほど気の抜けてしまう私たち夫婦だが、気づけばもう8月も終わりだ。

サボり過ぎない程度に畑仕事もしながらまたいろいろと学園の活動も再開していくつもりだ。

先日Facebookで上がってきた3年前の思い出。

私が大冒険に出かける朝に娘たちから渡された手紙の写真をまじまじと見直して感動してしまった。

長女からの手紙↓

次女からの暗号文↓

それまでは私が家を空けるなんて、たまにママ友とランチするとか気晴らしに短時間ショッピングモールをうろつきに行くくらいだ。

短大時代以来、電車にも乗っておらず乗り方を忘れてしまったし、新幹線にも乗らなければならない。

40歳にして初めてのひとり旅を案じて何日も不安がっていた私に宛てて綴ってくれた手紙に涙が出た。

ユキコ40歳の大冒険。

あの頃の私は、自分に足りないものを探し続けてた。

不登校一人目の次女が行かなくなり一年がたっていた。だんだん行きづらくなっていた長女も夏休み前には行かなくなっていた。

休み明けには行って欲しいと勝手に期待して、休み明けに「行かない」という言葉を聞いた時には「なんで、、、なんで、、、、、」

全身の力が抜けていくようだった。

私に足りないものを見つけなきゃ。

見つかったらきっと娘たちは学校に行くようになるだろう。

早く見つけなきゃ、、、。

変わりたいと強く思った。

どんなことがあってもガハハと笑ってデーンと構えてるような肝っ玉母ちゃんになりたかった。

そんな思いで申し込んだ人生初のワークショップ。

そのワークショップが人生を変えた。

自分がとてもとても狭い世界で行きてきたことを知った。

自分の抱える問題がとてもちっぽけなものに思えた。

そこから私の学びがはじまった。

それまではダメな自分なりにも必死に頑張ってきたつもりだった。

自分を頑張らせてしんどいことにさえ気づいてなかった。

でもダメじゃなかったし頑張る方向が違ってただけだった。

というより、ダメと感じる自分がいたとしてもそんな自分にもオッケーが出せるようになっていった。

私は子どもたちをどうにかしようとするのをやめ、ありえないことや自分がしたいことを少しずつするようになった。

それまでと逆のことをしたり思ったことを口にしたりするには、家庭内にそれなりに波風もたった。

試行錯誤の中でもがき苦しくなって「こんなことなら今までの自分のままでいい、黙っていろんなことを我慢して全部自分でなんとかして、、、何も変わらなくていい。」と心が壊れそうなほど泣いてみたり。

でも新しい世界を知ってしまった以上、元に戻るという選択はそれはそれでなかなかに難しいことだった。

夫とぶつかり合いながら進んだり戻ったりを繰り返し、息苦しくてふと立ち止まり振り返ると

「ああ,それでも本当に少しずつだけど進んできたね。」ということに気づくような、、、。

最近の私は実は気づくと人のことをジャッジしてたり、人と比べて自分の無力さを証明する証拠を集めたりしてる。

とても苦しい。

「暇か!働けw」

と、いつも背中を押してくれる大好きな人の声が聞こえてきそうだが笑。

でもやる気が出ない。

やる気は出そうと思って出るものではなく、「出る」ものだと思ってる。

たぶん私は何もしたくないんだ。

「何もしない」をやりたい。

朝起きたくない。

ご飯作りたくない。

洗濯の心配したくない。

ゴミ出しのためにゴミ箱のゴミを集めてまわるのしたくない。

お風呂掃除(の心配)したくない。

部屋が散らかっててうんざりする気持ちを感じたくない。

お金の心配したくない。

夫が子どもたちに絡むのを見て「やめればいいのに」って思いたくない。

いつでも自分が損な役回りしてるって感じたくない。

誰かに責められてるって感じたくない。

私は関係のこじれてしまった母親と自分のことについて毎日取り憑かれたように考えている。

この頭を取り外せたらいいのにとも思う。

わかってる。

私の中では全然終わってないのだ。

子ども時代の私がまだ闘い続けている。

もう疲れた。

多分あの頃の自分に「もういいよ。」って言ってあげたいんだ。

でもそれはとてもとても怖いことと感じている。

だから中途半端なままで苦しんでる。

いろいろなことが中途半端だと思っている。

自己探求も中途半端、不登校に関係する学びや取り組みも中途半端、母親としても中途半端。

人には「自分を大切に」

と言いながら、

自分は自分を後回しにしてる。

こんな自分をカッコ悪いと思ってる。

いつまでも中途半端な自分。

じゃあ、どうなったら中途半端じゃなくなるの?と聞かれたとしても、それはまた別の話だ。

こんなことを日々考えてる私ってほんとに暇人だね。